シリアからの難民を受け入れた炭鉱地の人々の対立と連帯を描いたイギリス映画『オールド・オーク』
2026.05.10
全国公開中
《本記事のポイント》
- 対立を乗り越える力としての創造神への信仰
- キリスト教社会の底流を流れる共通善の考え方
イングランド北部にある炭鉱の町で、最後に残ったパブとして住民たちから親しまれる「オールド・オーク」。町が活気にあふれていた時代から約30年が過ぎ、現在は厳しい状況に陥っているが、店主のTJ・バランタインは試行錯誤しながら経営を維持していた。
しかし町がシリア難民を受け入れはじめたことで、人々が安らぎを見いだす場所だったはずのパブが、居場所を争う場へと変貌してしまう。そんな店の先行きに頭を抱えていたTJは、カメラを携えたシリアの女性ヤラと出会い、思いがけず友情を育んでいく。
今年で90歳となる巨匠ケン・ローチ監督が、根深い社会問題を温かくもリアリズムあふれるまなざしで描き出す。主人公のパブの店主TJ役のデイブ・ターナーを始めとした登場人物のほとんどが現地の住人たちで、シリア難民役も実際に当事者たちが演じている。2023年第76回ロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。
対立を乗り越える力としての創造神への信仰
この映画の設定は10年前の2016年で、内戦を逃れたシリア難民たちが、ヨーロッパ各地に受け入れられ始めた頃である。ヨーロッパ諸国に比べて、イギリスの受け入れ数は多くはなかったものの、イギリス政府は、イングランド北部のかつての炭鉱地帯にその多くを振り分けたという。
この地は、かつて造船や鉄鋼・炭鉱といった産業が栄え、結束の伝統と地域のスポーツや文化活動に誇りを持つ活気に満ちた共同体だったものの、今やそのほとんどが消え去ってしまった。商店は閉店し、学校も図書館などの公共施設も閉鎖され、仕事もなく、希望も失われて、疎外感、挫折感、絶望がその代わりを占めることになっていった。
そこに"押し付けられた"シリア難民をめぐって生じる衝突や極右勢力の浸透、心を痛める良心的な人々の困惑などを、ケン・ローチ監督はきめ細かく描いていく。
だが、この作品で注目すべきは、その究極の解決法が、極めて象徴的に提示されている点である。それはすばり、すべての人類を創造された「創造神」としての神への信仰に立ち戻るということだ。
パブの店主TJとシリア難民ヤラは、恵まれない子供たちへの食事提供の事業を立ち上げ、その食材を求めて近隣を尋ねるが、その途中でダラムの大聖堂に立ち寄る。イングランドで最も美しいと言われる大聖堂に2人が入ると、聖歌隊が美しい歌声を響かせ、900年以上の歳月を経たゴシック調の聖堂は、地上のいさかいや衝突を忘れさせる、さながら荘厳な天国そのもののように2人を温かく迎え入れる。
キリスト教徒ではないサラも、信仰を失いかけていたTJも、人類を創造された天なる父への信仰のために、この壮大な建物の建築を志した人々に思いを致して涙ぐむのだ。
「あなた方の主なる神を愛せよ。それは、あなた方を最も愛している存在である。『無心』になって、素直になるがよい。
この世界の始まりから、終わりまで、あなた方と共にいる存在、それがエル・カンターレ、あなた方の魂の父にして母でもある存在である。
私は今も、あなたを、そして、あなた方を、愛し続けている」(『メシアの法』より)
かつて、教父アウグスティヌスは「神が善い御方であるから、われわれは存在する」と繰り返し語った。そして、中世キリスト教神学者のトマス・アクィナスは「すべての在るものは在るものである限りにおいて善い」という命題を掲げ、すべての在るものは、存在そのものである神の善性のゆえに存在を有するとした。
この映画を貫いているのは、キリスト教信仰の根底を流れる、こうした「創造神」としての神への信仰こそ、今、ヨーロッパ諸国が立ち戻るべき原点だというメッセージだろう。
キリスト教社会根付く共通善の考え方
そして、もう一つ、この映画の注目すべき点は、シリア難民たちと地元の住民たちが心を通わせ、新たなコミュニティを作るべく連帯していく姿を力強く描いている点である。
ヤラの父親が、シリアでアサド政権による拷問によって命を落としたことが知られると、難民コミュニティの人々だけでなく、ヤラと知り合った地元の子供たちやその両親たちも、ヤラの家を弔問に訪れ、そこに新しいコミュニティが生まれていくのだ。
前出のトマス・アクィナスは、神を「万物の共通善」であるとした。それは、多数者によって何の制限や対立もなく享受されうる、より普遍的で、より高次の善という意味であり、最高善である限りで宇宙万物の共通善であるという立場である。
この映画には、共通善としての神を信じることが、すべての人類を結び付け、希望と愛に基づく社会共同体を生み出す愛の行為につながっていくという、キリスト教社会の底流を流れてきた信念が、今も脈々と受け継がれていることを伺わせる。
「地球という星を最高度に進化・発展させ、大調和させていくことが、人間の最高の使命なのです。
この使命、この理想を実現するために、みなさんは、いろいろな個性を持った魂として、みずからの個性を最高度に発揮しながら、共同作業として、ユートピア創りに励むことになっているのです。
これが、みなさんにできる最高の仕事なのです」(『ユートピア創造論』より)
突如、難民を"隣人"として押し付けられた人々が、戸惑いや困惑を乗り越えて、共に新しいコミュニティを生み出すべく奮闘する姿を描いたこの作品は、人間が神から与えられた普遍的使命であるユートピア社会の創造について、考えていくヒントともなるだろう。
『オールド・オーク』
- 【公開日】
- 全国公開中
- 【スタッフ】
- 監督:ケン・ローチ 製作:レベッカ・オブライエン
- 【キャスト】
- 出演:デイブ・ターナー エブラ・マリほか
- 【配給等】
- 配給:ファインフィルムズ
- 【その他】
- 2023年製作 | 113分 | イギリス・フランス・ベルギー合作
公式サイト https://oldoak-movie.com/
【関連書籍】
「自由・民主・信仰」のために活躍する世界の識者への取材や、YouTube番組「未来編集」の配信を通じ、「自由の創設」のための報道を行っていきたいと考えています。
「ザ・リバティWeb」協賛金のご案内
YouTubeチャンネル「未来編集」最新動画