東日本大震災では多くの方が亡くなり、生き延びた方々も人生の危機や苦難に直面している。16日付産経新聞で京都大学教授の佐伯啓思氏がその状況を踏まえ、今回の被災と日本人の「霊性」について書いている。その要旨は、

  • 平安末期から鎌倉時代の日本は源平の合戦に続けて大飢饉、疫病、大地震などが起き、「末法の世」といわれた。この絶望的な時代を経て初めて、日本人は人智を超えた絶対的な力に救済を求めるという意味での霊性に目覚めたという(鈴木大拙説)。
  • ところが、大震災から2ヵ月を経た今(以下カッコ内は引用)「あくまでテレビ画面でみる印象でしかないのだが、被災地を覆う絶望的な悲しみや怒りのなかから立ちあがってくるある種の『宗教的なもの』の姿がどうも見えない。『霊性』への覚醒のようなものが見えない。たぶん、欧米で似たようなことが起きれば、人々は教会の廃墟にたたずみ、十字架を切り、祈りをささげ、ミサをあげる、といった光景が映し出されるであろう。しかしそれに類したものがない。(中略)かくも人の領域を超えた何かに直面したときに、『霊性』への思いがまったく見えないのはいささか奇妙なことではなかろうか」

確かに佐伯氏が言う通り、テレビを通して「宗教的なもの」や「霊性への覚醒」は見えてこないが、その理由は二つ考えられる。一つは、被災地の人々が人智を超えた力など感じていないという可能性。もう一つは、被災者はそうしたものを十分に感じ、祈りを捧げてもいるが、テレビがそうした姿を映したり、そうした感情について被災者に尋ねたりしていないだけであるという可能性だ。

テレビ局ではNHKに顕著だが、日本のマスコミは唯物論思想のかたまりのようなところがある。伝統仏教の年中行事などは文化として映しても、現代人が現在進行形で感じている宗教的な光景や内容を真摯に扱うことは少ない。9.11テロ関連のテレビ映像でアメリカ人が祈る姿を見た日本人は多いだろうが、彼らの姿はとても美しく見えたはずだ。人間は神仏に祈っているときがいちばん美しい。テレビ局が被災地の人々の「霊性」や「祈り」を十分に捉えておらず、もっとも美しい絵を取り逃がしているとしたら、映像のプロとして失格である。(司)

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