大阪市の橋下徹市長がこのほど、市議会の代表質問で、小中学校の全国学力テストや、府独自に実施している共通テストなどの学校別成績を、開示する方向で検討をしていることを明らかにした。

教育、ことに公教育とは、教育という公共財のサービスを意味している。その内容が、地域や学校ごとに水準やきめ細やかさにおいて差があるなら、そのサービスを受ける市民には、その違いを知る権利がある。

ところが、これまでの教育行政は、その基本的な市民権に頑なに応えてこなかった。橋下市長は、市民を代表する首長として、ごく当然の教育改革をなそうとしているにすぎない。

幸福実現党も、2009年立党当初より、「全国学力テストの成績を学校別に公表して教師の指導力向上を目指す」と提言してきた。

大阪市には学校選択制と合わせて、早急な制度移行を期待したい。さらにこれが全国的な広がりを見せる契機となることを望みたい。

成績開示がいかに教育水準向上に役立つか。教師にとっては、授業内容を厳格に査定される厳しさはあるが、その反面、指導力が児童・生徒の学力習得に反映している確かな指標にできる。開示された成績は「教師の通信簿」でもある。

サービスに民も公もない。たとえば粗悪な製品、サービスを、過剰包装でその粗悪性がわからないまま買わされては、文句の一つも言いたくなる。

同じように、「粗悪な教育」の返品ができないのなら、せめてリコールの権利を行使し、確かに改善された結果を要求するまでだ。そのリコールをどの水準で要求するかが、少なくとも学校別成績開示ではっきり見えてくる。

戦後日本は、公が教育をつくり、教育が経済を興し、国力を上げてきた。それを「ゆとり教育」や「平等教育」の名のもとに元の木阿弥にされては、それこそ将来世代に償い切れない負の遺産を背負わせることになる。

教師一人ひとりに次代の人材育成の使命を果たしている自覚を持ってもらうためにも、成績開示、学校選択制を突破口として、世界に恥じない「開かれた教育」を目指してほしい。(憲)

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2007年11月号記事 教育改革は終わっていない!(前編)

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