日本人は気概を
ブログの更新が少し間があいてしまいました。
忙しかったのは事実ですが、言い訳はしません。
アチコチに行ってまして......。言わないって言っただろう、オイ!
それにしても福田首相の突然の辞任表明には、驚かされました。
昨年の安倍さんのときと瓜二つ。どちらも臨時国会直前で、周囲に何も相談がなかった。まあ、やめるなんて話はそうそう人と相談して決めるものじゃありませんから当然ではありますが。
それとお二方とも国会運営の障害として民主党の小沢さんの名前を挙げています。いやー、二人の総理を屠ったというわけで、小沢さんの豪腕もさすがという感じです。
さて、この事態にマスコミ、国民みな侃侃諤諤。二世議員のひ弱さや最近の政治家の根性のなさを嘆くものが目立ちますが、これは言われても仕方ないでしょう。
ただ、一言言いたいのは、今回の事態をして、「日本政治の劣化」とか「日本のダメさの象徴」のようなニュアンスの論評に対してです。
確かに今の日本問題が山積です。少子高齢化、財政赤字、年金問題、後期高齢者医療制度、フリーター、ワーキングプア、いじめ、モンスターペアレント、通り魔事件に偽装問題......。
あるあるという感じで、日本がダメになり始めた証拠と言いたいのでしょうが、ちょっと待ってください。全部が全部、日本がダメになっている証拠でしょうか。
私は決してそうは思いません。
これらの問題は、日本人がどの国の人よりも長生きできるようになり、どこよりも早い勢いで少子高齢社会となり、どこよりも(餓死の心配なく)多様な生き方ができるようになってきたことの表れと言えるのではないでしょうか。
つまり、日本はこれからの世界各国が経験するであろう課題を一番先に経験している「課題先進国」と見るべきなのです。
その意味では、数々の文明実験のなかには失敗もあるだろうし、無論その責任を為政者がとることは当然ではありましょう。また、官僚がでたらめなことをやっているものもあるでしょう。しかし、だからといって日本がダメになったわけでも劣化しているわけでもない、と言いたいのです。
考えてみれば一億人を超える人口で、一億人がネットを通じていろんなことが言えるようになった。このかつてない変化の速さと、「サイレントでないマジョリティー」による民主主義が展開されるようになったなかで、一人の権力者が長々とその座にしがみつけないのは当然ですし、ある意味で民主主義としては健全ですらある。
逆にいえば何があろうと権力者がその椅子に座り続けられる政治は、ある種の独裁政治的なものでもあります。
え? 小泉さんが長かった?
だからリバティでは郵政解散が少しファシズム的だと批判しましたが。
閑話休題。いたずらに自己卑下するのは止めましょう。
嘆息してみるのはインテリっぽくてかっこいいけど、そんな姿勢からは何も生まれません。
なぜなら自己卑下は、未来を開拓することへの勇気を阻喪させるからです。
他の媒体にも書いたのですが、国難ともいえる新たな問題が山積している今日、政治家もマスコミも、国民も一丸となって勇気をもって道を切り開く気概を持とうではありませんか。



