夢から覚めてみれば
「ひとつの世界、ひとつの夢」をキャッチフレーズに、
行われるのかどうか危ぶまれた北京オリンピックが幕を閉じました。
なにか静かな日常が戻ってきた感じがします。
終わってみると、「北京オリンピックとは何だったのか」が
ジワジワと感じられるようになってきました。
活躍した選手たちを批判する気持ちは毛頭ありません。
北島の連覇に、谷本の一本勝ちに、そして女子ソフトの驚異的な
踏ん張りに私も何度も涙を流しました。
問題は、そうした選手たちのパフォーマンスを国威発揚に、
いやズバリ「国益」に利用しようとした中国政府の思惑です。
どうも報道を見る限り、「これで中国も先進国の仲間入りを果たした」とか「国際的に評価を高めた」といった調子の賞賛が中国国内では見られるようです。
いや、それは日本国内でもそうで、「あの開会式は日本ではできない」「やっぱり凄い国だ」という声が聞かれます。確かにこの2週間あまりは世界の人が北京オリンピックの夢に酔わされた毎日でした。
しかし、私の夢は閉会式で破られました。
例によって華麗かつ大規模なパフォーマンスが、満漢全席の如くこれでもかと続く。中継する日本の女子アナの「すごいですね」の連発に、やや食傷気味になっていたときに、次回開催地のロンドンのパフォーマンスが始まりました。
「アッ!」
イギリスきっての人気女性シンガー、レオーナ・ルイスに続いてギターをかき鳴らしながらゼップ(レッド・ツェッペリン)のジミー・ペイジが登場したではありませんか。
しかも曲は、なんと「胸いっぱいの愛」。
今でもわがipodのフェィバリット・ソングのひとつです。
なにしろ私も、元はと言えば自分の部屋にあゼップのポスターを何枚も飾っていたロック少年です。
ライブ映画「永遠の詩」をどうしても公開初日に見たくて東京まで電車に乗っていったほどです(新潟では公開が遅れたため)。
そのゼップのリード・ギター、ジミー・ペイジがロンドン五輪の顔として登場するなんて......
(多くの人は「顔」はその後に登場したベッカムだと言うでしょうが、いいえ、私的にはジミーです)。
このパフォーマンスを見たあとでは、もう私には会場がどんなに盛り上がろうが日本のアナウンサーのボルテージが上がろうが
白々しく見えて仕方ありませんでした。
喩えは悪いですが、酔いが醒めてみれば、それまで絶世の美女に見えていた女性がたちまち......、ってやつでしょうか(あくまでも喩えですよ)。
つまり、やっぱり個性の煌きはすばらしい、ってことです。
厳しい言葉を使えば、中国のパフォーマンスは個の輝きを無視したものでしかない。
これほど自由主義と全体主義の違いが強烈に、対照的に表れた瞬間も珍しかったのではないでしょうか。
考えてみれば、過去において中国はロック・ミュージックの流入を頑強に拒んできたものでした。
最近でこそ事情は違いますが、「資本主義国の退廃的文化の象徴」として忌み嫌ってきたものです。
そのロックを、ブラウン首相も列席しているあの閉会式のパフォーマンスとして敢えて選ぶなんて。
やっぱり、したたかだなあイギリスは。
ということで、北京オリンピック開催にかけた中国の皆さんの努力は認めます。
ただ、その結果が万が一にも「(中国のもとにおける)ひとつの世界、ひとつの夢」なんぞになってはいけません。
確かに地球はひとつですが、そこにはいろんな夢が百花繚乱の如く咲いていいのです。



